台東区の観光スポット2一覧

51件中 11〜20件目を表示

河竹黙阿弥・顕彰碑
4,664view
幕末から明治にかけて活躍した、歌舞伎・狂言の作者である「河竹黙阿弥・顕彰碑」は、浅草は仲見世会館敷地内にある「河竹黙阿弥の住居跡」に立っています。この御影石製の碑は、河竹黙阿弥を顕彰するために、1968年(昭和43年)、台東区によって建立されました。河竹黙阿弥は、その生涯で350本以上の作品を発表した才能の持ち主です。河竹黙阿弥はアルゼン

世界の太鼓資料館
7,014view
世界の共通語になりつつある、太鼓の集大成とも言える「世界の太鼓資料館」には、毎日多くの人が訪れています。「世界の太鼓資料館」は、1988年に設立され、世界の太鼓900点以上の中から、常時200点を展示しています。この資料館の特徴と評判は、展示している太鼓の70%ほどを実際に敲けることです。展示品の中には、アフリカ・ジンバブエのムビラと言う

岡崎屋勘六の墓
6,898view
歌舞伎文字として、その独特の書体を誇る勘亭流の祖、岡崎屋勘六(おかざきやかんろく)の墓は、西浅草の清光寺に建立されています。岡崎屋勘六は、号を勘亭と称し、延享三年(1746)江戸に誕生しました。勘六は、現在の日本橋界隈に住み、書道塾を開き、御家流の書を教え、当代の能書家として広く世間に知られていました。勘六は、安永8年に中村座の依頼を受け

九品寺大仏
11,588view
名称を、浄土宗・光照山・九品寺は、明暦の大火(明暦3年<1657年>)で亡くなった人達の菩提を弔うために、万治3年(1660年)に造立された九品寺大仏、および沓履地蔵尊で地元の人達の信仰を集めています。創建の時期は不明ですが、京都知恩院の関東における末寺として、その存在は広く知られていました。寛永6年には芝増上寺17代を務めた照誉上人の弟

池波正太郎記念文庫
5,655view
池波正太郎の遺稿や資料を集めた「池波正太郎記念文庫」は、平成13年9月26日に多くの人達の尽力により、台東区生涯学習センター1階・台東区立中央図書館内にあります。館内には池波正太郎の作品に関する様々な資料が収蔵されており、生前に彼が使用していた書斎の復元や、彼の著作1000冊、自筆の原稿約13,000枚、自筆の絵画約400点などの一部が展

姥ケ池碑
6,061view
東京の台東区立「花川戸公園」内にある「姥ケ池碑」は、正式名称は「姥ケ池碑助六の歌碑 (ウバガイケヒスケロクノカヒ)」と呼ばれています。この公園内には悲しい伝説を伝える「姥ヶ池(うばがいけ)」があります。また、この公園の近くには、外国人観光客が必ず立ち寄ると言われている、そして大提灯や仲見世が江戸情緒を満喫させてくれる、全国的にも有名な浅草

影向堂
6,894view
あまりにも有名な浅草寺の境内にある「影向堂(ようごうどう)」は、平成6年に浅草寺中興開山として名高い、慈覚大師生誕1200年を記念して建立されました。影向堂は、十二支のお守りのお堂(ようごどう)としても知られています。堂内には、聖観音菩薩像と守り本尊八体の像が安置されています。その昔、影向堂は現在の淡島堂で、二天門の脇に建てられていました

待乳山聖天
8,892view
待乳山聖天。どこか艶やかな雰囲気のするこのお寺は、正式名称を本龍院と言い、「待乳山聖天」は「まつちやま・しょうでん」と呼びます。境内には、本堂をはじめ、神楽殿、歓喜地蔵尊、出世観音、稲荷尊、そして糸塚などを見ることが出き、歴史が感じられる雰囲気が漂っています。また、境内の斜面にはお寺には珍しいスロープカーが設置されており、誰でも自由に乗る

今戸神社
9,720view
應神天皇(おうじんてんのう)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、そして伊弉冉尊(いざなみのみこと)の3柱を祭神とする今戸神社は、康平6年(1063年)に、京都の石清水八幡を勧請して、「今戸八幡」として創建されました。そして、昭和12年には白山神社を合祀し、「今戸神社」改称して現在に至っています。その折に、七福神の1つである福禄寿(ふくろくじゅ

雷門
7,369view
「浅草と言えば雷門」と言われるように、雷門は浅草の代名詞とも言われています。雷門は、浅草寺の総門として平公雅公により天慶5年(942年)に創建されました。その後幾度かの火災により焼失しましたが、昭和35年になり、松下電器創業者である松下幸之助氏の寄贈により再建され現在に至っています。雷門の正面には天下泰平・風雨順時・伽藍守護を祈願して雷神